ラズベリーの夜

「大切なものって目に見えないものなんだ」


ラズベリーがそう言って僕の肩を叩こうとした時、


ラズベリーの顔面めがけて食い気味に殴りかかったのは僕、ハンチングだ。


その時は気がつかなかったけど、
拳は今までにないくらいに強く握りこまれていたんだ。

だから手のひらは真っ赤に燃える太陽みたいになってた。

そうなんだ。爪のあとが4つくっきりと残っていたんだよ。


あんなに強く握ることはもうないだろうなあ。


なんで殴ったかって?


もうすっごく腹が立ってしまってね。
だってそうだ!


ジャニスって子はしっかりと僕の目の前にいて、愛しくて大切な存在なんだもの。

それをラズベリーときたら
大切なものってやつは目に見えないだなんて言いやがる。

僕にとって大切なものは
ジャニスなのにな。


あ、そうそう。
ジャニスってのは僕と幼馴染で、
小さい頃、いつも朝になると目をこすっている僕を迎えに来てくれて、
一緒に屋根に登って朝食を食べたり、
屋根の上から向こうに見える山を指でなぞってみたり
山びこ遊びしたり、
落書きして一緒に怒られたりしてた女の子のことさ。


僕は彼女のことがどんどん好きになっていって、
小学校3年生くらいのときにはしゃべるのも恥ずかしくなっちゃってさ。


そんなままで僕らは中学生になってさ、
ジャニスが他の男の子に本を貸しているのを見たり、
隣の席の男の子と話しているのを見るだけでその日の気分は晴れなくなっていたんだ。


そして僕は見ちゃったんだ。


ジャニスが下駄箱で男の子と一緒に待ち合わせをして帰っているところをね…


僕は帰り道を一人トボトボと歩いていてさ
飼い主のいない野良犬に笑って挨拶してみたけど、無視されちゃった。

情けないだろ?


家に着くと倒れるようにベッドに倒れこんで
枕に噛み付いていたよ。


穴が開いて、巻き上がった白い羽の中で眠りについてしまったんだ。


うっとおしいくらいの日差しが手伝って僕は目が醒めたよ。それは本当にパッチリとね。


昨日のことをはっきりと思い出してしまって、僕は死にたくなってしまったの

薄れていく感覚の中で、ジャニスの見せる無邪気な笑顔だけが僕の生きる理由だったなあって思った。


羽が真っ赤に染まってしまったのを見て、
ジャニスもあの男にだけみせる笑顔ってやつを想像してしまったよ。

このまま死んでしまうのかなあって思ってた。

でも死ねなかったんだけどさ。

夏がそろそろ終わる…


僕は隣の席で鼻くそを丸めて机の穴に詰め込んでいるラズベリーの呑気さにため息をつきながらも


「そんなことやめて今日森にいこうぜ」


って誘ったんだ。


笑っちゃうだろ。


僕っていつもそうなんだ!


モヤモヤすることがあると森に行って大きな声を出したり歌ったりしてモヤモヤの感情を発散してたんだ。


そんな時にラズベリー
大切なものって見えないもんだよ

なんてことを言ったもんで、

殴っちゃったんだ。


ラズベリーはびっくりした顔をしていたけど、

あいつは優しいやつで
そっと僕にこういうんだ。


「あはは!見てくれ!こんなに腫れちゃったじゃないか!
ハンチングは、正直に自分の思ってることを言ったほうがいいよ。何にもしないで後悔したなんて言っちゃいけないよ。行動してみて出た結果ならすっきりするだろさ。…これでも聞けよ!」


ラズベリーは僕に笑って、一枚のCDを渡してくれたんだ。


それはビージーズと書かれていたんだよ。


僕たちは夕日を背に一緒に帰った。
知らない間に芽生えた友情というものに高揚していたんだきっと。


家に帰ってきいてみた。
小さな恋のメロディってやつだ。

優しかった。すっごく。

聞き終わった頃、空には鈴虫の鳴く声が秋の訪れを知らせていたんだ。


僕は星に照らされながら夜道を走った。
ジャニスのうちまでね…


もちろんそれは今までの想いを伝えるためにさ!


想いを聞いたジャニスは大粒の涙を流しながら僕の手を引いて一緒に屋根に上ったんだ。

僕は後悔なんかしてないよ。

あの頃と一緒で僕たちは時間が圧縮されたような感覚を感じることができたもの…


電気がビリビリってきてさ。

もう今まで感じたことのない幻想的な感覚…
僕はこの優しい夜に名前をつけた。

ラズベリーの夜。

目が醒めてから僕は昨日のことが夢だったんじゃないかと思ったんだ。

でもジャニスの匂いがちょびっとだけしたの。


全部ラズベリーが教えてくれた。


嬉しくなって僕はラズベリーに昨日のことを伝えようと思って
まだ顔も洗わずに学校へ走ってった。

昨日あったことを全部伝えに。


でも、ラズベリーはどこを探してもいなかったんだ。


隣の席の机にはラズベリーなんてやついなかったんだ。


僕はラズベリーを探しまわった。

でも結局見つからなかったんだ。


僕は昨日、ラズベリーと一緒に時を過ごしたし、そのおかげで僕はジャニスに想いを伝えることができたはずなのに。

あ!!!
そうだCDがあるよ。
あれが証拠さ。


家に帰ってから昨日もらったCDを、探してみた。


どこを探してもCDは見つからなかった。


僕はやっと君がいなかったんだってことを理解したよ。
でもありがとう!

一瞬だったけど君と見た夕日と景色は忘れないぞ。


あの時についた手のひらの4つの傷は不思議と消えていたんだ。



大切なものは目の前から無くなってから、
洪水のようにおしよせてくる。


僕とジャニスとラズベリーの夜。



http://www.youtube.com/v/Yh17iz06nS8





そしてあつかましい話ですが、ライブ告知します。




日時/2月4日
場所/立川バベル


詳しいことはわかりませんが今回は本当に素敵…


最近メジャーデビューする予定のバンド(Over The Dogs)さんにタイバンのお誘いをもらいました。
これとない機会だと僕は思ってます。


是非すべての人に見に来てもらいたいです。

バイトのシフトを取り替えちゃったり、
彼女と一緒に見に来たり、
とにかく僕は頑張ります。


CDも配ります(この前のライブで買ってくださった方はすいませんでした)


僕は生きてる。
こうやって生きてるよ。


楽しみだな。
楽しみだ。







そのうち世界が君に恋をする
そのうち…
そのうち…